Perfumeに係る疑問をmemoするページ
Page memo to the question related to Perfume
2007年当時は本当に「Perfumeって何?」という存在だったのです
| Login |
2013年08月30日 (金) | 編集 |
アイデンティティーは自己同一性,個性とも訳される。
Perfumeは比較的早くから,「Perfume」というものを自覚して作り上げてきた。
しかし,そのアイデンティティーは壊されたり,見失ったり
結構ぐらついている。
それを時代と共に追ってみよう。

----
アクターズスクール広島。Perfumeの原点だ。
今なお,この時代へのPerfumeの思いは強く,基本的な
ID=アイデンティティーはここで作られたと言ってもいい。

のっちが入る前のぱふゅ~むの印象が
の ダンスがそろっていて可愛い
というものだった。

「ダンスがそろっていて可愛い」
これが今でも当てはまることがすごいのだが。

ここで不思議なことに。
当時はSPEED全盛,3人とも思い出の中でSPEEDの名を出すことも多く,
SPEEDを目指していたはずなのだが?
特にのっちは 私はSPEEDになる
と思い込んでいたのは有名な話。

だが,どうも路線が違うようだ。
少なくともSPEEDは可愛い系ダンスはやってなかった。

アクターズでは,いろいろな組み合わせを作ってどういう個性が
出るのか試行するのが基本だったようで,ユニットは流動的だった。
それはプロとしての適正を見るためのテストだった。
その中のぱふゅ~むの位置づけはどこにあったのか?

3人は5年生,
の うん,入る,入る
は,いっしょに練習しよう,くらいのノリで受けたのだろう。
事前の話が,母親,先生などの間であったとは言え,
その結成日が永遠の謎となるくらいテキトーだった。

とにかくこの時代はご本人たちのコメント以外,資料がないので
想像するしかないのだが,
何ぶん大人しい人2人と元気少女1人だから,当時から,
「ぱふゅ~むはこんな感じで」,というのはあ~ちゃんが
先導していたのはまちがいないところだろう。

ならば,なぜあ~ちゃんはPerfumeのリーダーにならなかったのだろう?

そのころからなぜかグループで,という思考の強かった彼女は
調整役に徹した。このスタンスがその後のPerfumeに大きく影響を与える。
だが,もうひとつ疑問が残る。

じゃぁ,なぜ,のっちはセンターにならなかったのだろう?


関連記事


コメント
この記事へのコメント
アクターズの指導効果かな
以前、Perfumeが久しぶりにアクターズ広島訪問したとき、
当時指導されていた田中?先生が、不平不満をぶっけてくる
幼いメンバーに色々諭していたことを話されていました。
後年のっちも「礼儀とか教えていただきました。」と
あ~ちゃん「後ろ向きな事は言わず、どうしたらPerfumeが
良くなるかばかり話して」当然、スクールでグループ結成の
意義それぞれの役割として教えられたことでしょう。
その中で「自分は負けず嫌いだ、男っぽい。」と気づいて
きた、かしゆか。
お互いリスペクトし合ういい関係が、自然と醸成されて
きたのではないでしょうか。
いずれにしても『奇跡のユニット』と言われる由縁です
よね。
2013/08/30(金) 03:41:23 | URL | かもしか #-[ 編集]
同じ志を持つ人達と同じ場所に居た、
というのが結構重要かもしれません。
趣味・趣向が違う人達といろいろ組んでみることによって
視野が広がることにつながったのでは?と思います。
もしかしたら、これが無かったら今の振り幅は表現しきれない、
と言えるのかも。

そしていろいろ試行錯誤しながら、
一番安定しているのがPerfumeの三人だった、
と気付いたのでしょう。
ここが集められて作られたグループとの決定的な違いだと思います。
2013/08/30(金) 19:27:20 | URL | K太郎 #rKMb2luM[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック