Perfumeに係る疑問をmemoするページ
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2007年当時は本当に「Perfumeって何?」という存在だったのです
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2012年07月29日 (日) | 編集 |
彼の自伝は絶版となっており,おそらく今後書く人も少ないと思われる。
この話は何年かに一度は表に出て欲しいと思うので,Jazz界の巨人
Art Pepper の事を書こう。

アートペッパーはアルトサックスの天才といわれ名盤を何枚も出している。
しかし,1960年代後半からは麻薬とアルコール中毒,病院と刑務所の中で
多くを暮らしている。

1950年代に名演奏,名盤が多く日本でもレコードは売れ続けたが,
来日したのは1977年。カル・ジェイダーのバンドのゲストとしてだった。
来日直前までアートペッパーが来るとはアナウンスされず,
ポスターにはほんの2,3日前,直前に書き足された。
麻薬で日本に入れるかどうかもわからなかったからだ。

急遽ゲストとして加わったバンドで,リハーサルもままならず。
演奏予定の楽譜を渡していたにもかかわらず,メンバーはほとんど
見てはいなかった。飛行機に乗る前にそれを知ったペッパーは落胆した。

カル・ジェイダーの名前はあまり知られていないため前売り券もほとんど売れず,
大きなホールはガラガラだった。
「僕がどんなにみじめな気持ちだったかわかってもらえるだろう」

カル・ジェイダーのカルテットの演奏が何曲か続き,ゲストのアートペッパーが
コールされる。
そして彼はステージに現れる。

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僕はのろのろとマイクに向って歩き始めた。
僕の姿が見えるや,客席から拍手と歓声がわき上がった。
マイクに行き着くまでの間に,拍手は一段と高まっていた。
僕はマイクの前に立ち尽くした。お辞儀をし拍手のおさまるのを待った。
少なくとも5分間はそのまま立っていたと思う。
何ともいえない素晴らしい思いに浸っていた…

僕の期待は裏切られなかったのだ。
日本は僕を裏切らなかった。本当に僕は受け入れられたのだ。
やっと報われたのだろうか。そうかもしれない。
たとえ何であったにしろ,その瞬間,今までの過去の苦しみがすべて報われたのだ。
生きていて良かった,と僕は思った

  STRAIGHT LIFE / ART PEPPER
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Meets The Rhythm Section が出たのが1957年。
名盤として聞き続けられ,20年が過ぎ,やっと彼は現れた。
極東の遙か彼方,レコードだけを聞いていた人が,生を聞きたくて集まる。


Perfumeが海外に出ようとするコアもこういうところにあるのだろう。

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